その都度、全部忘れる、、、

お彼岸の墓参で、富山の長岡墓地へ行った。

92歳の母が元気なので、僕ら四人姉妹兄弟は、とても幸せだ。

先祖に感謝とは、この事を言う。

9月23日 朝から、長岡墓地近辺道路は、車で渋滞していた。

呉羽丘陵の梨畑の縁に車を停めて、ローソク・線香・お花・その他を持って、

文化三年(西暦1806年)に建立された、赤尾家先祖代々の墓に向かうところで、、、

「あ~もう、一々忘れてばっかりやわexclamation」と、ぼやきながら行き違う女性がいた。

僕らはこれから、墓に向かうところだが、彼女もまた、これからお参りするつもりなのに、

どうやら、車に何か忘れ物を取りに戻るところだ。

独り言を言っているのか、誰かお連れに聞こえるように言うのか、判らないが、

僕に向かって言うようにも感じたので、思わず 顔を見た。

 

僕は母と、(母方の)赤尾家の墓に行って、

春の彼岸そしてお盆以来無事に生きていることと、母が元気なことに、

感謝を込めてお参りしようとした矢先、件(くだん)の女性が、僕の所へやって来た。

exclamationあの人だexclamation ×2

「すみません! 火を貸して頂いてもいいですか?」(現代日本語では命令形ですね)

「あ   どうぞexclamation

見ると となりに墓を構える一家ではないかexclamation ×2

一度、何か忘れ物(ローソクか線香)を取りに行って、墓にもどったところで、

今度は、ライターを忘れていた事に気付いたのだろう。

 

 

母と僕が、墓掃除したりする間に、件(くだん)の女性一家は、先にお参りを済ませた様だ。

「ありがとうございました」と、その女性とその連れらしき男性が、僕らに声をかけて帰った。

まあ、墓が隣りというのも「他生の縁」というやつだ。

次にいつ逢うかは、タイミング次第なので判らない。

僕が、母方の墓参りをする50年ぐらいの間で、一度も会った記憶がないので、

今後滅相会うこともないだろう。

小学生ぐらいの子供も一緒だったので、女性は30代と観た。

ようやく、僕らも帰ろうというところで、その墓碑銘を見ると、

Mさんだけど 、、、全く、覚えが無い。

 

そしてexclamation ×2exclamation ×2

そこの縁石に、数珠(お念珠)が、置いてある。

あの一家が忘れたのに違い無いexclamation ×2

母が「数珠は どうしましょ?」と、僕に訊くが、まあ どうしようもない。

放っておく以外に無いexclamation ×2

格別 高級品でも無さそうだし、きっと、数珠を忘れた事も忘れている事だろう。

彼女は、最初は車に忘れ物、次は着火ライター、そして数珠と短時間に3回の忘れ物をしている。

僕だって、隣の墓の位置とMさん以外、顔が思い出せない。

その都度、忘れる、、、」

 

 

過去ログ

赤尾家ファミリーヒストリー

 

記:野村龍司