ハハキトク

が各別 技巧的でもないのに、

そして  技巧的でないからこそ、心に直接響くことが、伊勢物語の最大の魅力だ。

世界最古の大河小説は、源氏物語だと云うのだが、

その歌物語としての原型は伊勢物語にあるという事に、異論はないだろう。

 

伊勢物語の各段に必ず 歌がついていて、

業平の歌は、注釈不要で、心に直接響くものがある。

 

第八十四段「さらぬ別れ」

老いぬれば さらぬ別れの ありといへば いよいよ見まく ほしき君かな

母(長岡京に住む 桓武天皇の皇女)

年をとると避けられない別れ(死別)ということもあるというので、

よりいっそう会いたいと思われるあなたですよ

 

世の中に さらぬ別れの なくもがな 千代もといのる 人の子のため

息子(業平)

世の中に死別がなければよいのに。(親が)千年も(長生きするように)

と請い願う子ども(私)のために

 

 

 

ストレートな表現だ。

僕は、斎藤茂吉の『赤光』を思い出す。

しにたもうはは

みちのくの 母の命を 一目見ん 一目見んとぞ ただにいそげる

死に近き 母の添寝の しんしんと 遠田のかはず 天に聞こゆる

のど赤き 玄鳥(つばくらめ)ふたつ 屋梁(はり)にいて 垂乳根(たらちね)の母は 死にたもうなり

 

自然の中で、命の営みは、燈々代々

とうとうだいだい:親から子へと、命の燈ともしびを繋ぐcandle service の様に

遠田の蛙も、梁の燕も、繁殖や子育てに余念が無い。

Bold and able.(屈託が無く力強い)

 

 

 

世の中の母は、息子のために出来る事なら、何でもする。・・・Mother is always able.

オレオレ詐欺」然り。

小室圭さんの」が、一人息子の学資を工面した経緯然り。

 

 

僕は、ものごころついて以来、

夜、布団に入ってから、

いつか、僕の母は死ぬ」と想像しては、

涙を流すという思考実験を、無数にやってきたが、

いつの間にか、感受性が鈍磨になって、

そのような実験を、やらなくなったし、

涙が、出難くなったかも知れない。

 

 

Every dog has his day.

どんな犬にも、得意の時がある。

悪い事ばかりでもない。

母がこの世を去り、「男(業平)」は数々の女性と浮名を流す。

業平は貴族の生まれ(桓武天皇の孫)で、美男で、よくモテた。

 

 

 

しかし、「男」は遂に最期の時を迎える。

第百二十五段「つひにゆく道」

つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど きのふけふとは 思はざりしを

                     業平絶詠    

(誰しもが)最後に通る道とは以前から聞いていたが、

(まさか自分にとってのそれが)昨日今日(に差し迫ったもの)だとは思いもしなかった。

この、ボールドアンドエイブルbold and able(そのまま:放縦不拘)なところがいいのだ。

 

 

「伊勢物語」では、「男」が最後に一首詠んで、あとは余韻に任せるという定型パターンが多い。

余韻に任せているので、僕のように年を経て反芻する間に、新しい発見があり、

ズキッと心を刺し貫くのは「源氏物語」<「伊勢物語」だと思う。

 

 

 

 

追記

茂吉が、テクニックとして 屈託のない蛙や燕の自然の営みを、生死の対比として使っているのに対し、

業平の歌には、技巧が特に無くて、それが紀貫之をして、古今和歌集の序にて、

「その心余りて言葉足らず しぼめる花のいろなくて、にほひのこれるがごとし」と評さしめた。

『その言葉足らず』の部分は、「学がない・技巧がない」などと解釈されたりするが、

後半の『しぼめる花の色なくて、にほひのこれるがごとし』

花が凋んでも色褪せても郁たる香りが残っているようで、印象深い

後半部分は、羨望を込めた最高の褒め言葉だと言える。

紀貫之(866 or 872 〜945)が、歌詠みとしての在原業平(825〜880)を論評するのは

同時代人とはいえ、双方面識が無い年齢差なのだが、現に、業平の歌とされる

千早振る 神代もきかず 龍田川 からくれないに みずくくるとは           業平

は、表現に過不足なく、技巧的ではないか?

そして、歌に限らず、文学においては、「いろ:恋愛」が必須科目:お約束で、

凡そ、万葉集以降の歌人で、色男(美形で、女子の愛に情を以って応えてくれる男)といえば、

業平が唯一無二の存在だと言える。

伊勢物語の六五段在原なりける男」にて、

業平が入内してからの高子にストーカー行為をはたらく場面は、

若い頃の僕は、「何という迷惑な奴なんだ」と思ったものだが、

最近の僕は、「色男 かくありなん(Man always  be able.)」と思うようになった。

 

 

 

 

さらに追記

僕の92才の母は、おほどかにおわします(至っておおらかboldで、極めて元気ableです。)

 

芥川・・・儚い露のような、遠い日の花火

BEFORE「芥川」AFTER「芥川・・・燃えろいい女

 

記:野村龍司