ツリーハウス計画

ゲゲゲの鬼太郎の家は、ツリーハウス treehouse

↑滋賀県米原市に去年まであった「うかのツリーハウス」背後は伊吹山

↑鳥取県境港市にあるというツリーハウス 大山が見えるはず

 

自由なオバケの家だ。

treehouse自由な心の表象を作ろう

と、思いついたのは、立山連峰を望む僕の実家に於いてである。↓Google鳥瞰。

↑家を挟んで、大小2本のケヤキの木がある。夏の空撮画像。

 築104年の平家(ひらや)に、根元の直径2mの推定樹齢200年のケヤキの木がある。

↑東北側から1年前2020年3月撮影↑

僕は、この太い方のケヤキの、地上8mのあたりに

ツリーハウスを作る計画を思いついた。

枠足場を組んで、木を生かしたまま作る。

鳥の巣のような、こじんまりした、見晴らしの良い方丈の庵で、

屋根より高い場所から、下界を見下ろして過ごす。

毎日が、魂の安息日だ。

夏は緑陰蝉しぐれ、夜は樹上で蚊帳ん中、朝は寝床でグーグーグー。

釣瓶(つるべ)で、お茶やコーヒーを小部屋に引っ張り上げるようにする。

ついでに、ジップライン:ziplineを、小さい方のケヤキの木に向けて繋いで、

ケーブルスライダーで降りられるようにしたら、昔別れた女や、

近所の子供が「乗せて、乗せて〜」と遊びに来るかもしれない・・・。

ねずみおとこだぞ〜

うわっ くっさ〜

などと、好き放題に夢想しておった。

 

 

 

ところが、

コロナ禍で、まさに 経験したことだが、

人間の恐怖というのは、人それぞれで、

例えば、コロナウィルスを恐れる人の恐怖は、恐れない人には分からない。

ワクチン接種のベネフィットと、血栓やアナフィラキシーショックのリスクを天秤にかけて、

独仏伊などは、アストラゼネカ社製造のワクチン接種を見合わせていて、

英国は、ベネフィットリスクを上回るとして、接種を継続している。

 

「怖いと思っていない人に怖がれ」と言うのが、無意味であるのと同様、

「怖いと思っている人に怖がるな」と言うのにも、全く意味がない。

なぜなら、恐怖とは個人的な感情であって、

あなたが怖いことでも僕は怖くなかったりする。

同じくらいの怖さを、社会全体が共有することは容易ではない。

コロナを「正しく恐れよ」という言葉にも、あまり意味が無い。

僕自身は、コロナに罹ることも、

ワクチンでアナフィラキシーショックを起こすことも恐れていないし、

それで運悪く死んでもいいと思っている。

ワクチンが足りないなら、僕は後回しでいい。

 

しかしケヤキの巨木は、姉が結構なお金をかけて伐り倒した

ツリーハウスジップラインを易々と、作ることが出来る程、

樵(きこり)に支払ったらしい。

「ケヤキの落ち葉を掃除するのが大変だ」とか、

「ケヤキの枝が折れて家を傷めるのが怖い

「この際、伐ってしまえばいい」と言う。

ケヤキが、築104年の家の床下(独立基礎)の余分な湿気を吸い取って、

家を守ってくれていたというベネフィットは、理解してくれない。

「怖いと思っている人に怖がるな」と言うことが、意味をなさないのだ。

 

↑切り株。長径2m×短径1mの楕円(スコップ長=1m)

切られる直前のケヤキ

ケヤキは、木目が美しい最高級の木材で、テーブルの天板や、和太鼓の胴がとれる。

板材だけで、数百万円する筈だ。

搬出道路まで近く、地上6mまで枝が無いので、僕が材木屋なら 金を払って切らせてもらう。

無残やな 切られて敷かれ 老欅(ふるけやき)

屋根壁の改築を終えて、ケヤキの大木は、大小2本とも切られた最近2021年3月撮影↑

↑欅(ケヤキ)その他の樹木の伐採搬出は3日間ほどで終わったが、

その後半年間かけて、屋根壁以外に風呂・台所・トイレなども改築したので、

新築と同等以上の費用がかかった。

富山県では 屋敷林のことをカイニュと言って、防風・薪用に家の周りに植える。

旧家であれば カイニュも大木になり、屋敷に風格が出る。

カイニュが無いのは、味気なく殺風景だ。

かくして、ツリーハウス計画は想像だけの未完に終わった。

老木には、霊が宿るから(霊を鎮めずに)切ると 祟りがあるとかいう人がいるが、

僕は、木の精霊だとか祟りだとかを、信じない。

しかし、先日不思議なことがあった。

↑法事の前、この時期に珍しく、立山連峰の主峰:剣岳が雲間から ちらと覗いていた(読経前)が、、、

父の50回忌法要で、墓石の開眼(新しい石に魂を入れる)供養として、

卒塔婆を立て、玄室を開き、坊様(幼馴染)に経をあげてもらっている間に、、、(読経後)

2021.3.15 16:30

俄かに、雲散霧消 立山連峰がくっきりと姿を現した。

本来 法事で、92才の母 僕を含む4人の子供とその連れ

10人の孫(未婚が2人)とその連れ 10人の曾孫 が一堂に集まると、

家族だけで40人近くになるのだが、

今般の状況下、法事は母と子供ら夫婦のみで行った。

親の50回忌法要を、子供がやる事は極く稀にあるが、

未亡人(文字通り未だ死なない人)が執り行うのは、

滅相無いと、坊様が仰った。

立山連峰が、はっきりと姿を現したのを見ることができて、女房が感激していた。

御威(みいつ:神力の顕現)というものが在るとしたら、この景色ではないか?

僕は、信心の浅い人間だが、家持も讃えた立山連峰の地霊が、

墓の開眼50回忌法要祝福した様に感じることが出来た。

太刀の嶺 来迎入れたる 奥津城の 空に描くは いや重け吉事

FullSizeRender

↑クリックで点睛

 

蛇足ながら、

太刀の嶺とは、霊峰剱岳

来迎とは、神仏が衆生を救済に来る事

奥津城とは、墓の古い言い方で、当家の墓は立山連峰に東面する。

お墓の開眼法要では、(くう)に筆で、文字通りを画き加える  点睛

いや重け吉事(いやしけよごと)とは、「萬葉集」の掉尾を飾る締め言葉(by家持)で、

「これからも益々良い事がありますように」の意

 

 

 

 

追記

小さい方の欅の樹齢50年は分かっていたが、

太い方の欅は切り倒してみると樹齢約100年だった。

丁度、台所排水を浸透させていたあたりで、

推定樹齢200年の割に成長が早かったのだ。

北陸道立山ICから、剣岳に向かって、欅の巨木(とボロ家)を目標にしたら、

僕の実家にたどり着くという、ランドマーク(道標)だった。

 

井上靖の小説で「欅の木」(日経新聞1968の連載小説)というのがあって、

武蔵野の象徴たる欅の大木を切るな!

という話で始まり、その家の娘の結婚披露宴で

「欅の木」を題にスピーチをするというな話だったように記憶する、、、。

 

壺井榮の小説で「柿の木のある家」というのも、僕の好きな小品だ。

50年ほども前の、読後感の良かった事を、今でも覚えている。

村でも自慢の、立派な柿の木のある家で、

柿の木をこよなく愛でた、おじいさんが亡くなって、

その祥月命日に、男の双子が生まれる。

平凡で幸せな暮らしを、柿の木が何代にもわたって見守る。

・・・という話だったかな?

僕の実家にもかつて、現在道路になっているあたりに、

柿の木・無花果の木・栗・棗の巨木などが、沢山あり、

子供の頃、柿や無花果がいくらでもあって、気分だけはリッチだった。

不動産屋であれば、道路が屋敷を切り取って、後で付いた事が、

上から4枚目の画像・土地の形状で解って頂けると思う。

村の中でも2つとない柿の木や、欅の巨木や、仰ぎ見る立山連峰の姿でも、

そこに住む者にとっての、心の拠り所であったりする。

 

かし考えてみると、巨樹であったり、ふるさとの山であったり、

それが、心の拠り所であるというのは いずれも、

我々人間の心の裡(うち)から、湧き出てきた感情である。

大樹もふるさとの山も、いつもそこに在るというだけで、何にも言わない何もしない

樹や山々に、霊力が宿るのではなく、我々人間の心拠り所として

みにする反射効果reflection で、巨樹やふるさとの山に、

何か精霊が宿るように人間の側で勝手に感じるのではないか

 

 

ふるさとの 山に向かひて言う事なし ふるさとの山は ありがたきかな  啄木

 

 

僕は、アニミズム偶像崇拝を否定するつもりはない、

本稿を書いている間に、気づいた(上の啓示を受けた)のだ。

50回忌法要の時は、この1年間伸ばした髭を剃って 沐浴斎戒 正装。

何故かと言えば、父の魂soulも身体Bodyも 僕の中にあるからだ。

怪力乱神を語らず(論語)を、肝に銘じるのは、

会社ブログを書く者としての 心がけだと思っている。

僕にとって、実家のケヤキの巨木は、

ものごころついて以来、心の拠り所だった。

敢えて、ケヤキの大木から 何かのメッセージを読み取ろうとするなら、

自己肯定そして、運命を受け入れよということだろうか。

ケヤキが切られても、ツリーハウス計画が未完に終わっても、

心の中に、自由にあこがれる気持ちは いつもある。

鯉になって大湖を泳ぎまわることも、屋根より高く泳ぐことも、

夢応自在に、できるではないか。

 

記:野村龍司

 

 

 

ものごころがつくとは、まさに、(もの)を前にして、

ものから 何かこころspirits or soul感じる能力がつくこと ではないか?

それ:樹の精山の精を、アニマと呼ぶ人もいる。

墓開眼の(石に魂を入れる)際、点睛:ひとみも、

その何かspirit and soul=ものこころである。

もちろん、92才の今迄、あのボロ家に永年独り、暮らして、

夫の50回忌法要という目標を達成した母は、それを超越して、

その存在だけで、子供にとって 最強の心の拠り所なんだ。

年を重ねるにつれ、

先祖の墓に手を合わせるのは、鎮魂というよりも、

墓前に参じて、復た手を合わせることが出来たという

現在への感謝に尽きるように思えてくる。

コンステレーションについて(河合隼雄の最終講義)』で言っている

UFOやシンクロニシティも、木の精や山の精であって、

意味や関連を人間の側で見出そうとする『気の所為』だとも言える。

 

 

 

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