目の高さ

 

 

松本智津夫およびオウム真理教幹部の死刑執行について思うこと

宗忠神社 狛犬 鯱立ち(しゃちほこだち) 備前焼

人間は、頭頂から10cmに目が付いているので、並んで立つと

自分をものさしにして±3cm前後の人の身長をあてることができる。

しかし、自分よりも10cm以上背が高いと、

10cm背が高い人も13cm背が高い人も、同じように大きい、としか感じない。

 

目が6メートルの高さにあるキリン(giraffe)が見下ろすと、

1.5mの人間も  1.9mの人間も似たようなものだと感じる筈だ。

頭のてっぺんから10cmあたりに目がある状態で、身長が500メートルあったらどうだろう?

やはり、自分の目の高さを尺度にして±3cm前後の人の身長を、言いあてることができるはずだ。

また仮に、踝(くるぶし)の高さに目がついていたら、

並んで立っても、身長を推測することはできないだろう。

唐津 諏訪神社 ヤクモノ瓦

人は、集団で生きていく中で、お互いを格付けし合う

見下ろしたり、見上げたりする

学生の時は、テストで、席次が付く。

働くようになると、多様な職業に関係なく、収入で格付けしたりする。

その際、身長や学力や財力という一つの尺度を当てはめている

何れも、能力の一部かもしれないが、尺度は一つの指標に過ぎず、

指標は飽くまで指標であって実態ではない

お婆さんは、お婆さんを見て、値踏みする。

上等な生地の着物を着ている。」とか、持ち物やヘアスタイルや佇まい     をチェックする。

お婆さんは、お婆さん以外を見ていない。

犬が犬を見て吠える時に、人を見ていない。

犬どうし、同じレベルなので、見慣れぬ犬だとか、大きいとか、口が裂けているとか、

嗅ぎ慣れない臭いの(異臭のする)奴だと、不審を感じて吠える。

しかし大型犬は、小型犬に対して滅相吠えない。

体格で見下ろす。

 

 

松本智津夫(麻原彰晃)は、弱視だったので、小学校1年の途中から熊本県立盲学校に行った。※1

全盲の子供も多い盲学校の中で、松本は光を感じることができたので、グループ内では常にリーダーだった

体が大きく力が強かった上に、視力が残されていたので相対的・圧倒的に優位だった。

松本の誇大妄想やその後のカリスマ化は、

この盲学校時代(小集団)の「相対的優位」という

或る種の錯覚(勘違い)から始まっている

松本は無料全寮制盲学校に入学させられて、6才から20才まで一度も面会もなく、

仕送りもしなかった親を(捨てられた」と)恨んだ※2

全寮制盲学校という小集団の中で、

視力以外の能力も圧倒的に優れていると自覚した松本は、

誇大妄想」と「被害妄想」を同時に激しく起こした※3

 

人は、自分で決めたことを守るよりも

他人が決定したルールや体系のルールを守る方が、Easyだ。

学校でも、会社でも、慣行の中で生きていく方がEasyだ。

自分で決めたことを守る方に、より強い意志が要

かくて、松本智津夫のようなカリスマから、

断定調指導されると付き従ってしまう弱さを、多くの人間が共有している

松本は、オウム真理教という小集団の中のカリスマだった

 

松本は、盲学校の中でリーダーだったが、

視覚健常者の中では、弱視だ

健常者にしてみると、弱視の人も全盲の人も同じように目の不自由な人だ。

キリンが人間を見下ろすのと同じことだ。

視力という尺度で測れば、そうなる。

 

視力や背の高さは、能力の一部に繋がるかもしれないが、能力の全てではない。

そして、視力や背の高さ以外にも、いろいろな尺度があり、

人は、多様な価値観の中に、自分の存在意義を見出して生きていく

地表付近の空気を吸って、地面に貼り付くように、

現実と向き合って、奇跡は起きないと言い聞かせ、

それでも、存在理由があると言い聞かせて、生きて行く。

 

仮に、人間の平均知能が500メートルとして、40㎝の個人差があったとしても、全体からすると微差でしかない。※4

頭頂から10cmに目が付いているので、大した差ではないものを、見下ろしたり、見上げたりするのだ。

数値化されるものは一つの指標に過ぎず、数値化可視化不可能なことは沢山ある

 

平成の初めごろにオウム真理教教団が勃興し、

平成5〜6年に絶頂期を迎え、平成7年3月に地下鉄サリン事件を起こし、

平成最後30年 松本智津夫(麻原彰晃)に対し、教団幹部6名と共に、7月6日の同日、死刑(絞首刑)が執行された。

改元まで長らえて、特赦の対象になってしまうことを避けたのではないか。

 

 

 

※1 松本が6才で盲学校入学時の視力は、右目1.0と左目全盲

  視力1.0もあれば、点字など不要で、そもそも盲学校に行く必要がないのではないか?

  松本の長兄と五男(智津夫は四男)が、全盲で、同じ盲学校にいたが、

  周囲から「貧乏人の子沢山で、口減らしだろう」と陰口をたたかれた。

  他の子供たちは週末には里帰りしたが、松本3兄弟は寮に残った

  松本のルサンチマン(世間に対する恨み)は、このころ醸成された

※2 盲学校では、強い権力欲を見せ、目が見えるために他の子供を子分扱いにし、暴力で支配した。

   20才で盲学校を卒業するころ、他の生徒から強制的に集めた(カツアゲした)お金で、

   300万円の貯金があった。(昭和50年:1975年ごろ)

※3 東京大学法学部の受験に3回トライ(して失敗)した。

   巨人のピッチャーになると言っていた時期がある。

  「前世では宮沢りえの夫だった」と言っていた。

  米軍(や自衛隊創価学会)が、オウム真理教を攻撃するという妄想を抱いたり、

  ハルマゲドン(最終戦争)の末に1997年には、自分が日本を支配すると説法したりした。

  平成2年の衆議院議員選挙に立候補して、1783票で敗れた際には「選挙管理委員会を含めた

  大がかりなトリックがあったんじゃないか」という発言をしている

  「(妻の)おじいちゃんが文鮮明氏なんですよ。統一教会の。いいですか、細川(徳川)、天皇家、

        そして統一教会、そしてオウム真理教が動いてですよ、千数百票になることはないでしょう。

  「私は今、宇宙全体を動かすことのできる生き物になっています」1999年

  「(阿部文洋裁判長に)私は父だぞ。お前たちの

           これだけ強力な妄想を持っている松本は、妄想力という尺度で測ると、【超】能力者と言える。

 

 

※4 我々一般人は、他人の書いた原稿を音読する機会がないので、

  「云々」や「未曾有」や「自ら」を初見で読む機会もまたない。

  「でんでん」は安倍晋三、「みぞうゆう」は麻生太郎、「じら」は故横山ノック。

  読み方が違うぐらいで、嘲笑うのは、2㎝程度の微差を見下ろしているのだ。

  一般人は、原稿を音読する機会がないので、読み間違いを指摘される事がないが、

  大阪府知事になると死んでもネタにされる。

 

松本は「(超常現象を)信じさせたいなら、法廷で空中浮揚をやって見せろ」と言われて、独房で空中浮揚の練習をしていた。

空中浮揚が自在にできるなら、絞首刑で死ななかったものを、、、

 

我々は、「奇跡(超常現象)を語る宗教は怪しい」ということを学習したが、

教祖と同日に死刑執行された教団幹部が、どうして、

あの様なまやかし騙されたのかは、未だに解明できていない。

僕の感覚では、他人に騙されるというよりも、

人は自らを騙すものなんだ。