文書資料を電子化して、CDRにデータとして移す際に、
初期化(initialization)を行います。
何でも書き込みが出来るようにすることが、CDRの初期化です。
一方、どんな臓器にもなることのできる細胞が、受精卵の初期の細胞です。
どんな臓器にもなるので、万能細胞(または多能性幹細胞)と呼ぶこともあります。
細胞の初期化は、英語では、Cell initializationです。
それに対し、細胞の分化は、Cell differentiationです。
あらゆる可能性を持っている細胞は、
心臓や神経や筋肉や血液の細胞に分化していくのです。
一旦、細胞の分化が始まると、後戻りすることはありません。元来、不可逆です。
ところが、クローン動物を作る際や、臓器(パーツ)を交換する際などに、
細胞の初期化(あるいは、多能性幹細胞)が必要になります。
自然の状態では、後戻りできないものを、初期化する必要があるのです。
細胞の初期化が可能になれば、トカゲのしっぽのように、
人間のパーツ再生(再生医療)が可能になるかもしれません。
ガンで切除した内臓なども、本人の遺伝子を使って再生可能になるかもしれません。
まさに、夢の医療です。
以上の如く、細胞の初期化と分化は正反対の言葉であることを踏まえて、、、
ES細胞(ヒト胚性幹細胞)やiPS細胞(人工幹細胞)の研究から、
24個の遺伝子が細胞の初期化に関与することがわかってきました。
この中に初期化のスイッチがあります。
しかし、24個の遺伝子のどれなのか、全部でいくつなのかは分かりません。
その組み合わせは無数にあります。
もし、1個の遺伝子なら24の組み合わせです。
2個なら24×23÷2=276の組み合わせで、
10個なら約196万の組み合わせとなり、こんな実験は現実的に不可能です。
ところが研究室の若い研究者が提案しました。
「そんな多くの実験は必要ありません。24個の遺伝子で初期化するのはわかっているならば、
或る遺伝子を抜いて(ノックアウトして)初期化が起きなければ、それが関連する遺伝子です。
この方法なら24回の実験で済みます。」
この研究者の提案どおりノックアウト遺伝子を使って24とおりの実験を行った結果、
4つの遺伝子が関係することが判明しました。
ノックアウト遺伝子本来の特長を生かした例です。
もう少し詳しい細胞の初期化や分化についての文章を引用します。
福岡伸一ハカセの生命浮遊から「細胞の分化と初期化」以下、すべてコピペ
われわれ多細胞生物の細胞は──それはヒトの場合、総計数十兆個になると推定されるが──もともと精子と卵子が合体してできたたったひとつの受精卵細胞に由来する。受精卵細胞が分裂を繰り返し、2、4、8、16、32、64、128、256、512、1024と増えていく過程で、徐々に変化を遂げていく。ある細胞は皮膚の細胞に、別の細胞は血管の細胞に、あるいは脳、心臓、肺、肝臓、腎臓、脾臓、消化管などを構成する細胞に専門化していく。このプロセスを細胞の「分化」と呼ぶ。
細胞分裂のたびにもともと受精卵が持っていたDNAが複製され、受け渡されていく。だから同じ受精卵に由来するすべての細胞は同じDNAを持っているはずである。しかし分化があまりにも劇的で多様性に満ちているため──実際、細長い繊維状の神経細胞と球形の血液細胞ではまるで異なる細胞に見える──分化のプロセスで、DNAそのものも変化し、その結果として細胞も変化するのではないか。そう考えられていた時代もあった。
しかしこの推定はある鮮やかな実験によって否定された。今から50年以上も前、イギリスのジョン・ガードンは、オタマジャクシの腸の細胞からDNAを含む細胞核を取り出し、それをこれから分化しようとする受精卵細胞の核とすげ替え、それでもちゃんとオタマジャクシになることを証明した。つまり、すでに分化を遂げた細胞のDNAは、質的に変化しているわけではなく、もとと同じ情報を保持している。
となれば、すなわちDNAに変化がないのであれば、いかにして細胞は分化を遂げることができるのか。これが新たな問いかけとなった。肝臓の細胞は、肝臓で使われる代謝酵素や解毒酵素をたくさん生産する。心臓の細胞は、心筋を構成するミオシンを大量に保持している。肝臓の細胞のDNAにはミオシンの情報が書かれているがミオシンをつくることはない。一方、心臓の細胞のDNAはアルコール分解酵素の情報をもっているがそれをつくることはない。
すべての細胞が基本的に同じDNAを持っているにもかかわらず、その中から読み出す情報が異なっているわけだ。
それはこのように例えられる。同じカタログブックを保有しているのだが、その中から注文するページが違う。よく使う商品のページにはポストイットのような付箋が貼られる。この付箋の貼り方が、細胞の分化によって異なるパターンを取る。
実際にDNAの解析がより詳細に進むようになってから、興味深い事実が明らかになってきた。DNAの情報は、DNAを構成する4種類のヌクレオチドという単位物質の配列に記録されている。ヌクレオチドの配列は、肝臓の細胞と心臓の細胞とで一致している。つまり同じDNA情報を保持している。しかし、ヌクレオチドをさらに詳しく解析してみると、各所に小さな化学物質によって細かい目印が付けられていることがわかってきた。それは専門用語でDNAのメチル化、と呼ばれている。このメチル化がポストイットにあたるものだった。メチル化の有無によってDNA情報の読み出し方が変化する。つまり遺伝子のスイッチのオン・オフが変化する。細胞分化のプロセスにおいて、各細胞ごとに、DNAのメチル化のパターンが異なるものになっていく。メチル化の差異が、DNA情報読み出しの差異となり、遺伝子のオン・オフをそれぞれの細胞で異なるものにする。これが細胞に個性を与え、専門化を進めていくことになる。
さらに興味深いことが判明した。DNAに付加されたポストイット、すなわちメチル化は、取り外すことも可能だということだった。細胞の中にはDNAをメチル化する酵素と、それを取り外す、脱メチル化酵素が存在している。分化を遂げた細胞のDNAは、その専門性に応じて特有のメチル化がなされている。しかし、そのDNAを、ゴードンが行ったように、もともとの受精卵の環境におけば、脱メチル化酵素の働きによって、メチル化が取り外され、まっさらの状態、つまり初期化がなされる。そうするとこのDNAは再出発することができる。
同じようなことを人工的に行う方法を編み出したのが、iPS細胞だった。分化した細胞に対し、脱メチル化を促す遺伝子を強制的に活性化することによって、細胞を初期化する画期的な方法。
しかし、iPS細胞が出現するよりもずっと以前から、私たちは、細胞の初期化について知っていた。いったんは分化を果たし、専門化した細胞として、一心に仕事に邁進していたはずなのに、あるときそのことを忘れ、未分化状態の細胞──無個性で、ただ増えることだけを行う細胞──に逆戻りしてしまう細胞を知っていた。ガン細胞である。
以上、引用終わり。
>>同じカタログブックを保有しているのだが、その中から注文するページが違う。
よく使う商品のページにはポストイットのような付箋が貼られる。
この付箋の貼り方が、細胞の分化によって異なるパターンを取る。
>>iPS細胞が出現するよりもずっと以前から、私たちは、細胞の初期化について知っていた。・・・ガン細胞である。
やっぱり、この人(福岡伸一ハカセ)は、文章がうまい。
・・・喩えが上手くて オチもある!
記:野村龍司