良い忖度と悪い忖度とがある

アーサー技建は 特定建設業許可宅地建物取引業許可とを登録していますが、

いずれも大阪府知事免許です。

忖度にも「良い忖度と悪い忖度とがある」と言った 松井一郎大阪府知事の免許です。

「財務局職員が国有地を処分する際に悪い忖度をしたという文脈で使ったと記憶していますが、

忖度という言葉自体 普段あまり使わない言葉で

忖度」にスポットライトと良い悪いという形容詞をあてるという

違和感皆が煙に巻かれたようになったこと

流行語になった原因ではないでしょうか。

忖度には 不要・無用・余計という言葉をあてるのが 使い慣れた言い方なので、この場合

「森友学園用地の土地価格を査定する際に

近畿財務局職員が昭恵夫人が名誉校長をしていた学園側に

有利に計らうという無用な忖度をしたのではないか?」

というのが普通だろうと思います。

つまり、都知事に同じく大阪府知事も土壌汚染問題の

「リスクが何処にあるか」を理解していないということではないでしょうか?

前々回ブログ⇒「政争の具

 

言葉の違和感の続きになりますが、

方向」と言いたい所を「方向性」と表現してしまう人が、かなりいる と感じています。

私は随分(この20年程)前から 違和感があって指摘しているのですが 、

未だに「方向」「方向性」混同して使う人が後を絶ちません。

私ひとりが間違っている、可変しいと発言しても、誰も聴いていないし

疑問を感じないのだろうと思いますが、

例えば スポーツチームの監督が「目標を持った練習」という意味で

方向性を決めて練習する」と言うのを聞くと、

方向を決めて練習する」あるいは「方向性を持って練習する」の

間違いでしょう? と 呟いてしまいます。

  随分前ですが、今上陛下の「在位20年にあたっての所感」の中で

日本の進むべき方向性」というクダリが出て来ました。

日本の進むべき方向」と言い換えた方がスッキリします。

天皇陛下のお言葉としても 宮内庁官僚の作文だとしても

ケツの据わりが悪いと感じたのを はっきり覚えています。

 directionの意味で方向性の「性」を付け足すのは 明らかに誤用であり 、

destinationの意味なら さらに重症です。

方向性と方向では次元が違います

方向性は「沿う線が存在する」というだけで 形が無く 具体的な向きもありません。

方向は「矢印という形で ベクトルが具体的に示されている」イメージです。

 以上の理由で方向性は「見えない」のが当たり前で

「方向性が見えてきた」と使うのは間違いです。

「方向が見えた」は正しいです。

同様に「方向性に向かって」と使うのは間違いで「方向に向かって」は正しいです。

次元が違うモノを一緒にされると、スピードと加速度をごっちゃにしたり

マグニチュードと震度(絶対と相対)を混同するような 気持ち悪さだけが残ります

方向に性を付けるとムズカシイ言葉になって  格好がつくように錯覚するかもしれませんが

「性」を付けることで、概念が抽出されてしまって

(微分されて次数が下り 最早ベクトルではなくなって)

本来意識している「方向」とは別の抽象概念になるという事に鈍感な人が多いです。

誤用の方が定着する例は、数多くありますが、

私の感じる 以上のような違和感が

世間と共有されているかどうかに懸かっていると言えます。 
 
今上陛下の「在位20年のコメント」は、宮内庁ホームページから見ることができます。

ところが、方向性というクダリが、見事に修正されています。

平成21年1月7日の新聞では「方向性」です。・・・宮内庁のHP担当者も、過ちに気付いたか?